第20話 糖尿病と転職

ハネムーンピリオドを迎えた私は想定していないタイミングで主治医から転職を勧められた。

確かにそうだ。

何故なら、このタイミングを持ってしか、難関の健康診断をクリアできないからだ。

転職したことのない方はご存じないかもしれないが、転職し合格した場合は健康診断結果の提出を求められる。

せっかく1次面接、2次面接と順調にクリアしても最後の健康診断で不合格はつけられたくない。

糖尿病を抱えて転職すると言うことはそういうリスクがつきまとうのだ。

ましてや最初から糖尿病をカミングアウトしたところで絶対合格する訳がないことくらいは誰が想像したってわかる事だろう。

もちろん当人である私も、転職という大事な場である面接の場で、これを実験もしたこともない。

検証はしてみたかったが、実際には出来なかったというのが正確なところだ。

まさに年齢も30歳目前、ハネムーンピリオドもいつ終わるかわからず、転職はできるだけ早く実行に移す必要があった。

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転職時期はいつにする?

転職時期については、実際いつにするか本当に迷った。

時は1998年、世の中は就職氷河期や派遣法の改正により空前のアウトソーシング(派遣)ブームとなっていた。

日経などはこれからは、煽りたてるようにこれからは転職してキャリアアップの時代だと言っていたが、ほとんど周りを見ても正社員の立場の人で転職している人は少なかった。

特にあの頃の日経は酷かった。

当時の私は29歳のネットワークSEだった。

日経などのマスコミはSE35歳定年説など真剣に煽りまくっていた頃だ。

あと5年たったら使い物にならないのか俺・・・

他にも、転職情報誌をのぞいてみれば転職は30歳前が一つの壁で次は35歳、40歳を超えれば難しくなるというのが当時の定説だった。

いつの時代もマスコミは手を変え、品を変え不安をあおりまくる存在でしかない。

そして、煽りに煽った後、違う新たなネタを探しまた煽りまくるだけ。

その時のキーワードしか取り上げないし、解決策も提示しない。

本当に自分がしっかりしていれば、こんな情報に惑わされることは無いと思う。

こればっかりは今も昔も、ちっとも変っていないと思う。

マスコミの情報に惑わされてはダメだ。

まずは退職の準備から

ハネムーンピリオドでいつ終わるともわからない健康問題を抱えていたとはいえ、かくいう私もマスコミが騒いで煽っているのを真に受けて転職を急いだ。

これに乗ってしまう当時の私も若かったと言わざるを得ない。

転職時期をいつにするか考えたが思い立ったのが1998年10月、年末年始は大事なネットワークの切替が控えており、今すぐ辞めるのはお客との関係も良好だったし、責任感がそれなりにはあったので、最後の花道で年末年始の切替だけはやってから転職活動に移ることにした。

私たちネットワークSEにとっては企業活動の休止する年末年始とお盆は、クライアント先の社員がいないため大規模ネットワークの切替のゴールデンタイムだ。

なので、盆暮れ正月に作業があることは覚悟しなければならない。

勢いあまって退職

そして年は明け1999年になった。

この年は私にとっては人生において大事な年だった。

なぜなら、子供のころから都市伝説的なものが大好きだった私は、ノストラダムスの大予言を真面目に信じていた。

年末年始の切替をしながら、本当に1999年になったら惑星が直列に並んで、引力で惑星同士が衝突したらどうしようなんて思っていた。

結果は何も訪れなかった・・・だよね。

あったら私は今、こんなブログも書いてない。

難航した退職日の設定

そして年末年始を無事作業を終えた私は、充実感に浸っていた。

でも、ここで充実感に浸っているわけにはいかない。

毎年、年末年始のネットワークの切替が終わると1月は満足に参加できなかった忘年会の恨みを晴らすように、新年会と称して飲むことが多かった。

いけない!いけない!

このルーチンにハマってしまうと転職は4月以降になってしまう。

なので、転職することになった1999年1月は、おとなしく家に帰って転職雑誌などを読み始めた。

冷静に転職雑誌を読みだすと(当時はそのくらいしか情報がなかった)退職を宣言するのは常識的に1ヶ月前とされ、そうなると2月初旬に退職をカミングアウトしたとして辞めれるのは3月、それでは遅かった。

本当は最後の花道とはいえ、12月中に退職したい言うべきだった!!

普通は冬のボーナスをもらってから速攻やめるのが定番だった。

当時は知らなかったし、退職する人の中でそんな人も見なかったわけではないが、軽蔑していた。

本当は逃げるが勝ちだったけど、当時の私はまだまだ甘かった。

今の私だったら絶対そうしている!!

そう考えると、時間はそう多くないように感じた。

1月半ばに退職を切り出す

3月になり4月になると転職市場は難しいと言われていた。

何故なら4月は新卒が配属される時期であり、この時期に入ってしまうと企業は新入社員教育で忙しくなり、転職など募集している場合ではなくなる。

新卒が入社する前の3月までに転職しているのがその当時の定説だった。

そう考えると冬のボーナスをもらってすぐ退職するのがベストな選択だった。

気づいた時にはもう遅い。

もう1月半ばだった。

こうなったら今から退職の意志を示すしかない。

辞めるにしても私の場合、退職するにしても出向中のため複雑だった。

いくつかのパターンが想定された。

①出向先の上司に先に言うのが先、自分の所属会社に言うのは後

 

②自分の所属会社に言うのが先、出向先の上司にに言うのは後

 

③自分の所属会社に言うだけ、出向先には自分の所属会社経由で言ってもらう

①と②は自分ですべて調整するパターン、③は自分の会社に全て委ねるパターンだ。

③の方が楽だが、さっさと退職したいし本当にやってもらえるか分からないし時間がかかりそう、出向先から先に言ってしまえば、自分の所属会社は止めることが出来なくなるため私は①を選んだ。

後は実行あるのみだ!私はすぐに実行に移した。

もたもたしていたら、転職前にハネムーンピリオドが終わってしまう可能性もあるからだ。

急げ!!俺!!

行動したのは1月半ば、まずは出向先の上司を飲みに誘った。

上司に相談したらただ不安を煽りまくられる

飲み屋に行き上司と2人きり、飲むのは久しぶりだった。

上司が飲み物を注文して待っている間、聞いてきた。

上司:「どうしたんだ久々に誘ってくれたけど、お酒飲めるようになったの?」

私:「飲めるようになりました。以前にも増して飲んじゃってますけど(笑)」

上司:「そりゃダメだろ!糖尿病にお酒は良くないだろー」

あ~またか、この話題はお腹いっぱいだ!!

会社を辞めるたい理由がこの瞬間、私にははっきりわかった。

退院して、職場復帰してずっとモヤモヤしていたのはこれだったのだ。

それは「私の病気を知っている人がたくさんいる」ことだ。

言わなきゃいいのに薄っぺらな知識で、心配したように言ってくることが不快だった。

何が不快感だったかと言うと、私が糖尿病になった時に

・そもそも、あいつに大事な仕事を任せて大丈夫なのか

・もう補助的な作業しか出来ないのではないか?

・そんな健康状態で何かあったら責任問題になる

・生意気なこと言ってるけど、もう終わったな

等々、偏見がすごかった。

だから、過去の私のことを全く知らない全く違う環境で働きたかったのだ。

きっかけは主治医の提案だったが、この人間関係の不快感を解消したいから転職したいのだと・・

飲みながら、私は出向先の上司に「会社辞めようと思っているんです」と切り出した。

上司:「おいおい!まさかのびっくり発言だなー本当なの?だって病気大丈夫か・・・」

私が糖尿病だから転職できないとでも言いたいのか!?

その瞬間、私の中で何かが弾けた。

こんな状況だから絶対~~~い転職してやる!!!!!

私:「全然大丈夫です。何とかなるんじゃないですか?」

それから延々と「世の中不況で大変だぞ」「これからの生活どうするんだ」とか不毛なやりとりが続いた。

そんなことは私にとって関係のないことだ。

だって転職の一番の理由は主治医から勧められたのでも無く、人間関係のリセットだったからだ。

もちろん私もこれらの疑念を払拭するために頑張っていたのだが、1人で格闘して疲弊していたとも言えなくもない。

そして課長の意見は単に自分の保身から出た言葉で本当に私のことを心配してのことでないくらいのことはわかっていた。

もう言ってしまった。後には戻れない。

引き止めてくれることは光栄ではあるが、話半分と捉え。

結局自分の人生なのだから・・・誰も責任はとってくれない。

そして家に帰り、早速インターネットで退職届の書き方を見習って、翌日出す退職届を作成した。

後は明日自分の所属会社に行って、退職届を出すだけだ。

そう思うと久々に晴々とした気分になった。明日が楽しみだ。

そして初めての転職活動も楽しみだ。

どんなところに転職するか

翌日になり、私は自分の所属会社にそのまま直行した。

そして開口一番、「7年間お世話になりましたが、辞めさせて下さい」と退職届を出した。

上司は当然慌てだし、「もう先方には言っちゃたんだね」と言われ、待遇のどこがいけないか改善できないかと聞いてきたが私はもうやめる気満々、聞くわけもない。

最後には、あと1年頑張れば、課長にすると言われたが50人少々の会社で課長になろうが部長になろうが意味のないことだ。

役職が欲しいのではない。

とにかく環境を変えたかった。

こうなるとあとは出向先との自分の所属会社の話し合いで退職日が決まった。

退職日はお互いの譲歩で2月上旬に決まったので、あとは辞めるまでに転職活動だ。

難航した転職先

ネットワークSEの次なる転職先は・・・

①最初にやりたいと思ったホームページの制作会社

②ネットワークSEのその先にあるのはネットワークセキュリティ会社

③今までの延長線にあるネットワーク系のSIer

時代はまだ1999年、今のようにインターネット系のSIerやキャリア等は求人がまだなかった。

ADSLやCATVなどの高速インターネットも当時まだ世に出ていなかった。

プロバイダなどの求人があってもTCP/IPの専門知識かサーバー構築の経験があることなど採用条件が合わなかった。

まずは①のホームページ制作会社から行ってみるが、未経験可と書いてあっても現実は厳しい。

この頃からエントリーについてこの手の会社はメールでの申し込みとなっており、申し込んでみるが未経験では、残念ですが・・・の下りのメールとともに全敗!

そんなにうまく行くわけないよ~

次は②のネットワークセキュリティだが、こちらも1社申し込んだだけだが敗退。

結果的に③今までの延長線にあるネットワーク系のSIerだ。

これは新鮮味がなく避けたいところだったが、退職前に1社でも決めておきたいところだった。

仕事をしながらの転職は難しい

また私を苦しめたのは仕事をしながらの転職活動だ。

1ヶ月という短期間の退職ゆえ、引継ぎをしながらの転職活動はやっぱり厳しい。

合同説明会とかがあっても、日程が合わずうまく抜け出して行くことが出来ない。

これは今も昔も転職活動には永遠の課題だ。

仕事をしながら転職活動をして決まった後に退職するか、辞めてからすっきり転職活動するのかだ。

合同説明会などに行くチャンスを逃したくないのであれば後者だ。

ただし、これは退職後も食いつないで行けるだけの貯蓄がないとダメだ。

私の場合は、糖尿病で入院休業中の収入がなかった事による穴埋めが後々まで響いたのと病気になったことでヤケになり遊びまくったことで貯蓄はゼロだった。

転職のきっかけはハネムーンピリオドが終わってしまう前にと突発的に決めたことなので全く計画されたものではなかった。

こうして退職日の日は徐々に近づいて来ていた。

出向先の課長からも「どうだ?転職先は決まったか?」と探りを入れられるが、決まっていない。

聞いてくるのは心配しているからではない。

結局は興味本位なだけ・・・

世の中不況で大変だからとか糖尿病だから転職出来ないとかと言ったラインを勝手に設け、出来る筈がないと踏んでいるからだ。

その思いが正しかったのかを検証したいだけなのだ。

決して私の身を案じての話では無い。

そうしているうちに退職日が来てしまった

引継ぎなどで時間を取られ、合同説明会などチャンスを逃した感があったが、転職活動をし始めたのが1月下旬、まず初めに「自分のやりたい事」「異業種」にチャレンジしたが、エントリー時点で足切り状態だったため面接までこぎ着ける会社は無く結局、2月上旬の退職日が来てしまった。

そうはいってもこれらがダメだったため、早めに方針転換し、得意分野のネットワークSEの延長線で勝負をかけることにした。

ネット上の転職サイトから思いつく所に片っ端からエントリーした結果、成果が出始めており、会社を辞めた1週間後には面接が4社にもなっていた。

こう考えるとエントリーから面接までにこぎ着けるまで2週間はかかるので、仕事を辞める1ヶ月前では遅すぎる。日程に無理があった。

やはり仕事をしながらの転職活動は、希望する会社に行き当たる~面接まで普通に1ヶ月、退職日程調整でプラス1ヶ月かかってしまうので最低2ヶ月前からした方が良いです。

話が脱線したが、退職日までに1つ話があった。

あったのは、私がネットワークSEをしていた時に所属していた部署がSI(システムインテグレーション)事業を分社化する計画があり、その会社に来ないかとの誘いだった。

健康な私だったら出向先の会社にそのまま正社員化されると言うことで、なりたかったプロパーの立場が保証されると言うことで良い話であったと思ったが、今までと同じメンバーと顔を合わすだけ、目的は人間関係のリセットだったので、これでは本末転倒、丁重にお断りをした。

結局、退職するまで1社も決まらず退職日が来てしまった。

どうなるんだ俺。

【つづく】

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