第16話 復帰後はじめての徹夜作業

色々嫌なことがあったが、気がついたら7月になっていた。

復帰、2ヶ月を過ぎると残業も少しずつ出来るようになってきた。

一番心配の種は仕事をしながらの低血糖だったが、未然に防ぐことで何とかなった。

低血糖状態は全糖尿病患者が察知できる訳では無く、年齢によっては感じない人もいれば、過剰に反応してしまう人もいるようだ。

ひと言に糖尿病と言っても人によって症状も千差万別なのだ。

幸い私は若いからなのか、感度が良いからなのか低血糖状態がすぐ分かった。

未然に防ぐ方法とは「通勤で既に血糖が下がっていると見なすこと」だ。

なぜなら、正常な血糖値が約70~100mg/dlだとすると私のような糖尿病患者は、常に高血糖状態にいることが多いため、正常な血糖値の範囲にいるだけでも不快に感じることがある。

一度低血糖と認識してしまうと集中できないし、「もっと下がってしまうのでは」という恐怖で余計に仕事に集中できなくなる。

そして本当に低血糖になってしまうこともあり、仕事中に起こったら早めの判断が必要だ。

であれば、もう血糖値は通勤で正常値まで下がっていると仮定し、会社に到着したら仕事をしながら飴をなめ、少しずつ血糖値をあげたり、場合によっては午前中客先に出かけたりすることが予め分かっているのであれば、血糖値をあげるため無理やり朝から「赤コーラ」を飲んでおいたりする。

仮定とは5月の職場復帰から2ケ月かけて通勤するとどのくらいの血糖値に落着くのかのデータをきちんと取っているからに他ならない。

やみくもに仮定してやっているわけではない。

職場での血糖値のデータ撮りは少々厄介だ。

何故なら血糖測定器を職場に持ち込んで測定するのは少々異様な光景になるからだ。

今は、肩にセンサーを一旦埋込めば(2週間ごとに交換)、穿刺具で指に針を刺し血液を出し吸着さなくても「非接触」で測定する測定器も登場しているのだが、97年当時は血液をセンサーに吸着させて測定する方式が主流だった。(測定時間も今なら5秒、その当時は1分弱かかった)

なので私は血糖測定を見られるのも恥ずかしいので会社に出社すると非常階段に出て測定していた。

仕事中に低血糖を起こす確率は、通勤で体力(当分)を消耗する午前中が圧倒的に多いのだ。

午後は食事を取ってから2時間は予定外の動きがない限り、低血糖はまず起きない。

「3時のおやつ」とは良く言ったものだ。本当に理にかなっている。

なぜかと言えば、食後2時間後から血糖値は上昇から下降に転じていく。

食後2時間とは昼休みが終わり13時に仕事を始めてちょうど15時くらい。

15時から定時ぐらいまで下降を続けるのでおやつをとっても良いことになるのだ。

こうやって私の血糖コントロールのデータは仕事をしながら蓄積されて行った。

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深夜作業への打診

退院し、職場復帰してから2ヶ月間は、師匠から仕事を貰って提案書などを作っていた。

私は当時はネットワークSEなので提案が通り、受注出来れば導入作業が発生する。

導入作業は病気のためやらせて貰えなかった。

それは何故か?出向先の上司の判断だったというか病気に対して過剰反応していたからだ。

特に意味は無いが、作業中に倒れられては困るという杓子定規的判断だった。

企業系のネットワークの場合ネットワークに重大な障害を与えては困るので、多くの現場作業はネットワークが止まる業務終了後(定時以降)か深夜に行われる。

平日、ネットワークを止めてしまうのが難しいなら休日作業もあり得る仕事なのだ。

ある日、師匠が私のところにやってきてこう言った。

「もう徹夜作業できるだろ?」

この師匠とは私が職場復帰初日に開口一番に「病気だと言い訳せずに男だったら前向きに倒れて死んでいく気で行け!頑張れ!!」といった人物だ。

「ハイ!出来ます、やらせてください!!」と私は言った。

深夜作業は復帰後、経験したことがなかったため自信がなかったが、どうしてもやりたかった。

出向先の上司は私の事を疑問視しているし、ここは現場を完遂させて信頼回復したかった。

師匠はもしかしてそのことをわかっていて、この仕事を振って来たのかも知れない。

仕事の内容はある大企業の同じグループ会社のA社とB社のネットワーク統合だ。

当然、土日深夜から統合作業を始めて、何らかのトラブルが生じたときは、切り戻し判断ポイントを設けて元の構成に戻すことも想定したスケジュールだった。

もちろん元の構成に切戻した場合は、翌日深夜再調整(一般的には予備日)となる。

ダメなら翌週の土日深夜に再トライとなる非常にタイトな工程だった。

本来これくらいの規模だと盆暮れ正月の社員がいないときに実施するのが一般的だったが、この会社はお盆の時期に社員が立ち会いたくないので、作業日は8月末の土日で作業と決まった。

あとは、作業日までお客とネットワーク統合について調整するだけだ。

そして深夜作業当日

作業の準備は万端だ。

私は夕食を東京駅で済ませ、現場に向かう。

食事をしてから2時間は低血糖を起こさないため安心だ。

逆に2時間を超えれば、低血糖はいつでも起こり得る事なのだ。

あとは徹夜作業のどこで低血糖を起こすか心配なため、現場に入る前に念入りに周辺を見回す。

休日のオフィス街は静まり返っている。

私は現場に一番近いコンビニでチョコを3個買った。

もし現場に一度入れば、コンビニなど行っている暇がないし、ビル内に自動販売機がなかったリスクに備えての事である。

板チョコなどは人の目を盗んで現場で食べにくいので個別包装タイプにする。

いよいよ現場に入る。

オフィスのフロアには自動販売機がなかった。

コンビニでチョコを買っておいて大正解!助かった。

まずは準備万端で現場に臨む。

意外な展開

顧客を含め、作業員数名と今日の作業概要について私から説明し、ネットワーク統合について現場が始まった。

あれれれー!?

打合わせが終わるとお客は立ち会っているが、通常現場にはいない。

大体、別室に行って事務作業をしていたりして重要な時だけお客を呼んで装置を切り替える。

それが、私が作業の段取りをしていると後ろから何をするのか確認している。

困った・・・

お客はずっと私の後ろに張り付いている。

非常にやり難いし万が一、低血糖になってもチョコすら食べられない雰囲気。

私は、作業中に低血糖が出ないことを願いながら作業開始した。

やはり朝まで持たない

ネットワークの統合開始は0時開始だった。

食事を採ったのは22時だから、もう2時間経過している。

作業開始から3時間後、午前3時ごろ低血糖と思われる不快感があった。

(不快感は高血糖でも起こり得るが、低血糖だとその後に冷汗、震えに変わる)

確信がないので、しばらく放置して作業をしていると、しだいに冷汗が出て指先が出てきた。

こうなると測定器で血糖値を計らずとも低血糖確定だ!!

マズイ!お客は作業現場の後ろで私の後ろに立っている。

ここはマシンルーム、飲食など許される訳がない。

私はカバンに潜めているチョコをスーツのポケットに入れてトイレに駆け込んだ。

トイレの中でチョコを食べた。こんなことをしないといけないかと思うと、惨めだった。

健康であれば、こんなコソコソしなくても良いのにと思ったら悲しくなった。

低血糖の症状が出ているときは糖分を補給しても落ち着くまでに若干タイムラグが生じる。

一度症状が出ると落ち着かないし、頭がボーッとしてくる。

トイレを出て、まだ落ち着かないが現場に戻った。

時間は午前4時、予め決めていた切り戻し時間は過ぎていたし、作業は順調。

いよいよ大詰めだ!

最後の確認作業を無事終え、お客から終了の許可をもらい私はオフィスを出た。

仕事を完遂できたのは大きな自信になった。

これで信用を取り戻し、また現場に戻れると思うと嬉しくなった。

8月末のじめじめしているが、晴れ晴れとした都会の空を見上げ、私は思った。

普通の人が普通にできることを私はもう出来ないのだと言う事が・・

【つづく】

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