第14話 いよいよ職場に

やっと職場に復帰する日が来た。

期待と不安が入り混じっての出社だ。

病気になる前は最寄り駅まで自転車で通っていたが、糖尿病になりインスリンを打つようになってからは徒歩に変えた。

なぜ徒歩にしたかと言うと、当時のインスリン(ペンフィルN)は効きが悪く、食後の運動は自転車に乗ったくらいの運動では下がらないからだ。

徒歩はいい。2kmくらい歩けば大体、狙った通りの血糖値に下がる。

ただしGW中の調整では職場まで行ったデータは無く、最寄り駅までのデータしかなかった。

徒歩に切替えたおかげで最寄り駅までの通勤時間が8分→20分に増えた。

駅に着き電車に乗る。

恐怖だったのは、満員電車に乗ったときに低血糖を起こさないかだ。

私の通勤経路は2回ほど乗り換えがある、1回目は乗車時間50分、2回目は20分、1回目の間に電車内で低血糖を起こしてもまず降りれない。

中途半端な駅で降りようとしても、押し戻されるのがオチだ。

ましてやこの間で低血糖を起こし、症状が発生しているときに途中下車をしたとして、駅でコーラを飲み、正常な血糖値になるまで回復し、また電車に乗るとしたら完全に会社に遅れる。

通勤ラッシュで人がごった返した駅にそんなスペースなどあるはずもない。

恐怖とはそういうことだ。

これは健康な人には絶対にわからない問題。

1回目の電車は何とか乗り切った。

2回目の電車は乗車時間20分、こうなると安心だ。

しかも山手線は3分に一本は来るので、低血糖になり途中下車したとしても時間的ロスは少ない。

最初の通勤は低血糖も起こさず何とか到着することが出来た。

第一関門突破だ!わたしは職場の最寄り駅に着いた。

あとは職場に歩いて行くだけである。

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復帰のあいさつで

初めての職場復帰は、みんなが出社する前に入院中にご迷惑をかけた方々に挨拶をしなければならないため、時間を多めに取り、出社時間の30分前に到着していた。

まずは部長

私:入院中はご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。

部長:大変だったね。糖尿病なんでしょ。注射打ってるんだってね。

   僕の親も糖尿病だけど注射までは打ってないね。(注射打ってるのが悪いんか!)

   そんなに悪いの?

私:・・・(普通の人はこんな程度のことしか考えないのかと思った)

  ここは表情を変えず我慢しろ!わたしは自分の心の中で叫んでいた。

  ご迷惑をお掛けした分、これからも頑張って行くので宜しくお願いします。

早くもガックリだ!!

何故こういうデリカシーのない話が出来るのか信じられなかった。

1型、2型糖尿病が理解できていないならまだしも、知らないことを良くペラペラとしゃべるんだと思った。

知らないなら触れなきゃいいのに・・・

人間て信じられないと本当にそう思った。

次は課長

次は私を10億円のプロジェクトと共に客先にブチ込んだ張本人のN課長だ。

もちろん私はこの会社の社員ではないが、この課長とは15歳も離れていて色々教えてもらったし兄のように慕っていた。

夜は出向先の課長ということで接待をして、会社の経費でよく飲んでいた。

実は10億円のビックプロジェクトが受注出来たときに私は冷めていた。

どうせ社員じゃもったいないから俺が行くんだろーってふてくされていた。

でもN課長にお願いされて、断れなかった。

役に立ちたかったからだ。

https://insulin-iddm.net/iddm007

その課長に入院してから初めて会うのだ。

何かすごく心配してくれるのかと思っていた。

私:プロジェクト途中で入院してしまいご迷惑をお掛けしました。

  でもまたこうやって退院出来て職場復帰できてありがとうございます。

  死ぬ寸前のところまで行きましたが、また仕事が出来るようになって嬉しいです。

N課長:大変だったな。退院出来て良かった。

    ところで注射打ってるの?(注射を打つポーズ)

   例えるならこんな感じ。

    部長に続き、またかーと思った。

違うんだよ!腕に打つんじゃなくて腹に打つんだよ!インスリンは!!

と言いたかったが説明するのも、むなしいのでハイそんな感じですと言うしかなかった。

一般の人はご存じ無いかも知れないが、インスリン注射は腕でなくお腹に打つのです。

理由は腕への注射は看護師や医師などテクニックがある人でないと失敗してしまうのです。

お腹には皮下脂肪があり素人でも失敗が少ないし、注射針も予防接種などの注射針と違い、超極細なので刺した瞬間はチクリとしますが、あまり痛みは無いのです。

お腹に刺してちゃんと吸収されるの脂肪だけでは?という心配も皮下脂肪からもインスリンは吸収されて行くので問題は無いのです。

話は脱線してしまったが、この一言で兄のように慕っていたN課長と私の関係は終わった。

と言うか私が心を閉ざしてしまったのかも知れない。

どちらにしても、この二人と話しただけで世間の人がいかに他人の病気に無関心で、表面上の浅はかな知識で話して来ることが良く分かった。

今度は師匠

今度は師匠の番だ。

師匠については今まで触れていなかったのだが、私の所属する会社の直接の上司であり取締役だ。

取締役と言っても私の所属する会社は50人程度の零細企業だから大したことはない。

ちなみに師匠は常駐先の会社でも第一線で活躍し、取引先からも信頼されている。

そして何もわからなかった私をネットワークSEの世界に引上げてくれたのも師匠だった。

唯一の気の置ける先輩で、通信関係の本を提供し勉強の仕方を教えてくれた恩人だ。

ここに関しては感謝しかない。

とにかく勉強する人で、私は師匠に近づくことを目標に仕事も勉強も一生懸命励んでいた。

糖尿病になったのはその矢先の事だった。

病気になって色々迷惑をかけてしまったが、入院した時も見舞いに来てくれた。

そんな状況なので私は復帰した時には、また師匠の下で働けることを喜んでいた。

なので挨拶の時には

私:10億円プロジェクトの時は、途中で入院してしまいご迷惑をお掛けしましたが戻って来た

  からには会社が少しでも大きくなるように売上に貢献したいと思います。

師匠:いろいろ大変だったな。

   それはそうと病気だと言い訳せずに男だったら前向きに倒れて死んでいく気で行け!

   頑張れ!!

はぁ意味わかんないんですけど・・・

病気で復帰してきた人間に対していきなりそんな言葉は無いと思った。

その瞬間に「頑張れ!!」という言葉に猛烈に違和感を感じた。

違和感を覚えたのは病気になる前までは特に意識していなかったが、病気になってから頑張れって言われても、注射を打っている事実は変わらないし、低血糖も起こす、頑張れって言われてもどうにもならないことがあるんだと思っていたからだ。

私が甘えているだけなのかも知れないが、少なくとも私だったらこう言うと思う。

「病気でいろいろ大変だと思うけど、仕事はおいおい調整していけばいいと思う。まずは体第一だからね。困った事があったら何でも言って相談に乗るから」

くらいのことは言うと思った。

それとも私が相当嫌われているということ?

3人の挨拶だけで私は他人に対して疑心暗鬼になっていた。

そして始業時間になった

始業時間前のあいさつだけで私はもうすり減っていた。

ベルが鳴り業務開始となった。

「皆さん~集まって!」部長が大声で叫ぶと部内の20人ほどが集まって来た。

やらなくても良かったのに部長は、「ヒロちゃんは3月にプロジェクト途中で病気になり、退院されました。今日から復帰されたので一言どうぞ」今日から復帰します的な挨拶をさせられた。

自分に余裕がないのに話さなくてはいけないのは拷問でしかないというか見せ物だった。

私は言った「みなさま、入院中はご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫なので何なりと行って下さい。またお世話になります。宜しくお願いします。」と言ったらパチパチ拍手された。

そんな拍手要らねーよ!俺は今猛烈に不幸なんだ!

何なんだこいつらは・・・心の中で思った。

もう完璧に疲れていた。

とりあえず一息つきたかったので喫煙所へ直行した。

朝礼を終えたばかりなので喫煙者がいっぱい集まっていた。

何か、やな予感・・・

知った顔のオヤジどもが私に話しかけてきた。

オヤジA:久しぶりだなー元気!何で入院してたの?

オヤジB:糖尿病だってよ!!

私:お前が勝手に言うな!!

オヤジA:インシュリン打ってるの?

     (また腕に注射打つポーズ・・・みんなのイメージってそれ!?)

私:インスリンです!!

オヤジB:それって自分で打つの?痛そうだなー

 

いちいち訂正するのも疲れるし、お腹に打つんですなんて説明する事すら面倒になった。

誰も私のことは本当に心配なんかしてない。

やっぱり人は他人の不幸が大好きなんだなーと本当に思った。

好奇心だけでこんなことをストレートには聞いてこない。

もしくは、自分と私を照らし合わせ、自分は健康で良かったと再認識しているだけだろう。

もう社内中、針のむしろだった。

あー早く帰りたい!!

何とか午前中が終了した。

そして昼休み

お昼休みになった。

後輩たちが私のところにやってきて退院祝いにランチに行きましょうと誘ってきた。

不意をつかれた!今度はそれかぁー

後輩たちに悪気はなく、復帰した私と単純に食事したいだけで折角誘ってくれたのに、私は朝からの様々な興味本位の言動で心がすさんでいた。

「俺、外食禁止なの知ってる?もう家から持ってきた弁当しか食えないんだよ!」

言ってしまった!!

後輩達は、そそくさとその場を去った。

もう二度と誘ってくれないだろう。

そういえば退院してから一回も外食をしたことがなかった。

退院してから血糖コントロールばかりに目が行っていたがこれからは外食もこれから調整していくしかないなとその時思った。

そして私は一人ぼっちで、母親の作った弁当を食べた。

復帰1日目が終了

やっと長かった一日が終わる。

今日は、ほとんど挨拶と雑談だけで時間が過ぎて行った。

一日働いただけで、これからはみんな会社で働いているうちはずっと糖尿病という差別のなかで生きていくんだなと改めて考えることになった。

そう考えると悲しくなった。

17時30分になり就業ベルが鳴り私はタイムカードを押して帰路についた。

 

【つづく】

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