第13話 職場復帰にむけて

やっと退院の日がやって来た。

退院の日は希望に満ちて退院するものだが、私の場合は違った。

寂しいものだ。

自分で決断して告白し、玉砕したのだからこうなることは予想出来ていた。

結局、看護師で退院を見送ってくれたのはご高齢の看護師さんだけだった。

若い看護師の間で噂は広まり、他の看護師が来てもその話題に触れないような空気になっていた。

そうして私は、お世話になった病院を後にした。

次に来るときは、外来で来るだけだから病棟にいる彼女たちに会うことはほとんどないだろう。

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久々の自宅

病院から退院したら社員寮には戻らず、実家に戻ることになった。

入院したのが3月中旬、退院したのがGW前、最短で1ヶ月と言われた退院は終ってみたら結局1ヶ月半かかってしまった。

GW前に退院したのは、先生の判断だ。

退院後は病院と違う実生活に基づいた血糖コントロールが必要になるためGW中に調整をしないと社会復帰できない。

27歳独身、彼女無しの男が一人暮らしで生活を建て直すには食事がネックだった。

甘えているように見えると思うが、1996年当時のインスリン(混合型 ペンフィルNというものを打っていた)は今よりもインスリンの利きが悪く、急激に血糖値が下がったり制御が難しかった。

インスリンを打っても運動をしないと血糖値を下げることは難しかった。

そのため、3食毎に運動(徒歩)に出なければならない。

朝は朝食を採ってから通勤を徒歩にする、昼はランチ(私の場合は弁当)を採った後に20~30分歩くにしても、問題は夕食後の運動だ。

当時私は埼玉から港区まで通勤していた。

通勤には1時間30分ほどかかり、仮に定時で帰宅したとしても自宅に到着するのは19時以降。

19時に食事を作って後片付けをして、小1時間も歩いていたら散歩に出るのは21時以降でそれから小1時間散歩したら22時、それからお風呂に入って寝るまで最短で22時30分以降だ。

22時30分以降に寝れるのは定時に帰れる場合で、病気になる以前の生活のように22時以降に会社を出るようだと4時間以上ズレ込むので残業をフルにした場合、帰宅するのが23時30分以降で食事をして運動し、風呂入って寝ると2時30分以降、6時には起きなければならないので睡眠時間は3時間30分しかない。

完璧に夜の食事と運動がネックだった。

1時間30分~2時間はロスする計算だ。

じゃあ晩御飯を抜けばいいじゃん!!と思うかもしれないが、食事を抜いたら抜いたで血糖値が下がってしまい低血糖が襲ってくるため、食べないという選択肢はないのだ。

食後の血糖値は20分も放っておけば200ml/dl以上になってしまう。

私が糖尿病になったばかりの96年当時はインスリンも特性も悪いものしかなく、食事をしたら即刻運動に入らないと血糖値が下がらなかったのだ。

だから、どんなに疲れていても、どんなに眠くても365日運動をしなければならなかった。

なので、食事は生活が安定するまで、しばらく母親に肩代わりしてもらうことになった。

ご参考までに今のインスリンは運動しなくても血糖は下がっていく当時と比べ、はるかに高性能なものになっているので食後の運動は不要、なので生活に対するハードルはかなり下がっている。

病気を抱えていると一人暮らしが難しい理由は上記の通りである。

ここまで読んで何で転職して自宅近くの勤務地にしないの?と考える人もいると思う。

職場を変え(転職)、勤務地を近くにして一人暮らしにするという手もあるにはあるのだが、転職とは健康状態を申告しなければならない。

面接で合格しても健康状態を申告したところで誰がインスリンを打っている人間を採用するのだろうか?私は採用されるとはとても思えなかった。

のちに転職することになるのだが、私は糖尿病を申告しての転職はしていないので、糖尿病を申告しての転職のデータは持ち合わせていない。

ましてや当時はバブルが弾け、世の中が冷え込んでいる時期、転職などできない状態だった。

難しい血糖調整

前にも書いたが糖尿病は手術もなければ傷を治す時間も必要ない。

あるのは自分が食べる物のカロリーと炭水化物の量を瞬時に見分ける目と低血糖への対処のみ。

では血糖値とは何か?

血糖値(けっとうち)

血液内のブドウ糖の濃度。
食前・食後で変動する。低すぎると低血糖、高すぎると高血糖を引き起こす。

血糖値は、血液中に含まれるブドウ糖(グルコース)の濃度のことです。食事中の炭水化物などが消化吸収されブドウ糖となり血液に入ります。このため血糖値は健康な人でも食前と食後で変化します。通常であれば食前の値は約70~100mg/dlの範囲です。

血糖の濃度が上昇すると、すい臓から分泌される「インスリン」というホルモンの働きにより、ブドウ糖が身体の細胞に取り込まれ、エネルギー源として利用されます。余分なブドウ糖はグリコーゲンへ変換され血糖値を下げます。グリコーゲンは肝臓や筋肉に貯えられます。

一方、空腹になると血糖値が下がります。そうすると同じくすい臓から分泌されるホルモン「グルカゴン」などの働きにより、肝臓などに貯蔵されたグリコーゲンをブドウ糖に分解させエネルギーとして使い、血糖値を正常に戻します。

血糖値が必要以上に低くなることを低血糖と呼び、血糖値が下がった際の血糖を上げようとする交感神経刺激ホルモンの作用でふるえや動悸の症状が起こり、脳へのエネルギー不足から意識低下や昏睡に至る場合があります。
一方、血糖値が高いまま下がらない状態が続くことを高血糖と呼びます。この状態が長く続くと血管が傷ついて動脈硬化を引き起こし、糖尿病など様々な病気を発症する危険が高まります。

糖尿病とはインスリン分泌の不足か、分泌されても十分に働かないため血糖値が慢性的に高くなる病気です。

引用元:厚生労働省 e-ヘルスネット より   血糖値

高血糖の逆が低血糖だ。

正常な血糖値が約70~100mg/dlなら低血糖はそれ以下に下がると低血糖として認知される。

では糖尿病患者の実体験ではどうなるのか?

私の場合は90mg/dlで頭がぼーっとしてくる症状が出る。

じゃあ正常な範囲外の70mg/dlではどうなるか?

第二段階は心臓がバクバクしてくる、もう少し放っておくと冷汗が出てくる。

もっと放っておくと、手指が震えて不快感しかない。

この時点で血糖値は50mg/dl台になっている。

これ以上落ちると・・・・昏睡状態になり、自力で対応できなくなり待っているのは死だ。

そのくらい低血糖は一歩間違えば死に直結する。

低血糖の逆である高血糖状態は中長期的には様々な健康被害を及ぼすのでこちらも愚かにできないが、低血糖に一旦なってしまったら、即対応をしないといけない。

最初の頃は限界も分からないので、低血糖を起こすと血糖がどこまで下がるのかという漠然とした死の恐怖が常にあった。

通常の健康な人の場合は、低血糖になりそうになったら血糖値を上げるメカニズムが存在する。

しかし外から注射によってインスリンを補給する1型糖尿病の場合は血糖を自力で上げることは出来ない。

とは言え、低血糖を恐れてはいけない。起きたら適正な対処をするだけだ。

復帰以前に自分の病気に自信が持てない

職場復帰はとても不安だった。

何故なら私が一番なりたくない病気No.1の糖尿病になったからだ。

26歳までの元気で明るく友達も多かった私は自信に満ち溢れ、何でもできると思っていた。

それが27歳の誕生日目前に突如、別の人生となった。

まだ未来もあったはずの私がこんなところでつまづくことなんて全く想像していなかった。

糖尿病になったことのカミングアウトよりもっと嫌だったのは注射を打ってますと言うことが恥ずかしくてとても言えなかった。

自分の病気を語る事、これが血糖コントロールよりも難しかった。

職場復帰に向けて一番障害になったのは自分の心だったかもしれない。

ましてや近所には幼なじみで大人になってからも飲み友達でもあった一番近しい友人にも、自分が糖尿病でインスリン注射を打っているだなんて告白できなかった。

埼玉の片田舎に住んでいる私は、近所の噂が一番嫌だった。

みんな人の不幸な話は蜜の味、噂だけが先行するからだ。

そういう理由で今でも近所の幼なじみには、病気から20年以上経っても真実を語れていない。

彼らからしたら私は今でも健康なままの自分で見えている。

私の本当の病気を知っている人間は両親と親友のK君と私の住んでる地域以外の一部の友人のみ、職場でも本当の自分を語れるかは不安だった。

私は心の闇を抱えながら職場復帰に向けて調整した。

【つづく】

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