第12話 入院後期

1型糖尿病はとにかくやることがない。

入院後期になったら、日々のルーチンワークをこなすだけ、慣れたものだ。

入院し、病気を理解し、日々の対処法を学んで、お見舞いもいっぱい来てもらって、暇でどうしようもなく、もうお腹いっぱいになっていた。

唯一足りないのは、女性の見舞いだけ。

彼女と別れたばかりの私になど見舞いに来てくれる女性はいなかった。

そんな中、突如現れた彼女はまさに救いの女神だった。

すべてが眩しすぎた・・・

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病院の中で抱いた淡い思い

彼女の名は山口さん(仮名)と言い22歳、正看護師ではなく准看護師になるための准看護師養成所の学生さんだった。

入院中期まで私のところに現れなかったのは彼女が学生で実習を兼ねていたため、ローテーションのスケジュールが合わず出会えなかったのだ。

この頃には退院の日程が見えてきていて3月前半に入院した私は、うまく進めばゴールデンウィークの少し前には退院できる見込みだった。

彼女に出会って私は退院したくなくなった。

この病院は看護師さんの年齢が高く(病棟の入院患者も緊急性の高くないのも要因)、准看護師以外は30代後半から40代前半のようで27歳の私にはお姉さん過ぎて遠い存在だった。

気弱になっているところにやさしい女性が現れたらコロリとしてしまうが、彼女は別格だった。

そんなところに22歳の彼女は初々しく思え、ナース服も似合って輝いていた。

本来なら私のような人間には似つかわしくないとは思ったが、血糖850mg/dl越えで九死に一生を得た私には怖いものがなく、いつになく積極的になっていた。

病気とはそういうものだ。

健康なときには気づかなかったこと、やれなかったことも後悔の無いように生きたいと思った。

そして入院後期から山口さんは頻繁に私のところに訪れるようになった。

お仕事ですけど・・・

彼女のおかげで前向きになれた

何故、彼女のことが好きになってしまったのかを考えた。

病気で弱気になっていたから?

たまたま近くにいたから?

もう女性に出会う機会なんてないと思い込んでいたから?

自問自答したが、答えは出なかった。

だって人を好きになることに理由なんてないからだ。

他にも准看護師の学生は何人かいたが、山口さんしか目に入らなかった。

それだけ、彼女が崇高な存在だった。

もう一つの理由は、やはり会話が合ったからだったように思う。

私は車やバイクが好きで高校時代は私立高校に通っており既にバイクに乗っていた。

時代もちょうどバブルに入りかけの昭和61年のことだ。

空前の好景気で親にもお金があり、少し頭の良くない学生はみんなバイクに乗っていた。

それもスクーターなんかでなく、いきなり250㏄以上の中型バイクを買い与えられる友達が圧倒的に多かった。

平成になって失われた30年と言われて久しいが、今の時代では考えられない事ではある。

私はバイクは18歳でやめ、その後自動車に転向したがその後もバイク雑誌などは継続的に読んでいたので知識はあった。

学生であった山口さんは、まだ自動車(本当は欲しいが)が買える経済力がまだなく250㏄のバイクで週末は遠出をしたりして楽しんでいるようだった。

私の乗っていたバイクや乗っている車に興味津々。

最初に山口さんにズキューンと来たのは彼女の見た目の美しさ、次にキュンと来たのは趣味なんかが合って何時間も話していて楽しいからだ。

いくら外見が良くても、言葉のキャッチボールが続かなければ楽しくない。

彼女には、そのすべてが揃っていたように思っていた。

自分の立場をわきまえずにだ!!

私は自分が1型糖尿病患者ということを忘れ、彼女が来る日だけを心待ちにしていた。

久々に悪友K君登場!!

中学時代の同級生K君が久々にやって来た。

私は彼に全面の信頼をおいている。

K君は私とは違い、勉強は出来ないがスポーツ万能、外見良し、話も上手、ケンカも私の中学で一、二位を争うような腕っぷしだった。

だから彼の周りには常にみんなが羨むような女性がいた。

そんな彼を妬ましく羨ましい時期もあったが、彼は男だった。

こんな私を引き立て、おこぼれを与え続けてくれた。

本当の意味で親友だった。

そんな彼が久々に私のもとにやって来た。

私は私で山口さんの事を報告したくて仕方がなかった。

別に彼女ではないが、K君に話してどういう反応を示すか聞きたかった。

来るなり私はK君に山口さんが如何に素晴らしいかを説いた。

そうするとK君は開口一番こう言った。

「いいじゃん!行け!失うモノなんてもうないだろー、お前が行かないなら俺が行っちゃうぞ」

おいおい!!お前はいつもそうやって横入りして、すべてをさらっていく奴だ。

今回はそうは行かないと焦った。

彼といるといつもプレッシャーをかけられる。

そうしているうちにK君は他の准看護師の学生に声をかけ、いつものパターンに持ち込んでいた。

K君には彼女がいて、出来ちゃった婚で私が退院したら結婚式をすることが決まっていた。

そうしているうちに山口さんが、私の病室にやって来た。

K君は山口さんと会話しだした。

帰り際、K君は私に言った。

「お前には、あの子無理だな!でも俺が何とかしてやる!!」

後から分かった事だが、K君は既に他の准看護師の学生さんとうまくやって、私が如何に良い男かを他の学生経由で山口さんに外からインプットしていてくれていたのだ。

このことは退院後、K君から直接聞くことになるが、その時は知る由もないが、本当にいい奴だ。

そうこうしているうちに退院が決まった

3月上旬に入院していたので、入院は2ヶ月くらいと言う話だったがGWに退院し、休み中は実家で調整、GW明けから明けから職場復帰と言う配慮だった。

私は楽しみが見つかったので入院生活は悪くなかったが、山口さんが来る日以外は暇を持て余していたので早く退院できるのは良い話だった。

問題は山口さん、退院したら会えなくなる。

告白するか、それとも告白しないで退院するかで迷った。

病気になる以前の私だったら100%後者を選んだろう。何もしないなんてクソだと思っていた。

九死に一生を得た私はもう後悔することなんて嫌だった。

あとはどう告白するかだがここは病院の中、2人っきりになれる時間なんて無い。

ここは、やはり古風だが手紙で行くしかない。

お手紙作戦の実行だ。 

もう後悔なんかはしたくはない。

お手紙作戦実行

あとは実行日だが、ここは思案のし所だ。

あまり早すぎると仮にダメだった場合、気不味いだけだし、遅いと確認も出来ず退院するハメになる。

ましてや私はお金持ちでもなければ、イケメンでもない。

普通に考えても、病気の置かれた状況を考えれば、誰が考えても分の悪い勝負だ。

やはり実行日は1週間前にする事にした。

奇跡は起きるのか・・・

私は山口さんに精一杯の気持ちを手紙にしたためた。

いよいよ実行の日

退院1週間前、お昼前に山口さんはやって来た。

私は食事を持ってきた山口さんに堂々と男らしく手紙を渡した。

受け取った山口さんはチョットびっくりしたようだが、冷静に何事もなかったように受け取った。

あとは結果を待つだけだ。

やるべきことはやった。

受験の時の結果発表待ちと心境的には似ている。

ただし、受験と違うのは相手の心境次第で結果が変わるということだ。

そして運命の日

退院3日前に結果は出た。

皆さんも予想されていたかもしれないが、結果はゴメンナサイだ。

まぁこんなものだろう。

手紙は病院の喫煙所で私がタバコを吸っているときに渡された。

TVドラマのように奇跡が起きればドラマティックだが、ここは現実社会そんなに甘くない。

以下は山口さんからの手紙を思い出したもの。

ほぼ原文に近いはず。

 
ヒロちゃんへ
突然のお手紙ビックリしました。
あなたが私に好意を持っていることは薄々わかっていました。
手紙をもらった時は、わたしも女性なので悪い気持ちはしなかったけど、今のあなたの気持ちに応えることが出来ません。
今のあなたにはもっとやる事があるはず。
健康に気を付けて頑張ってください。
かしこ

退院の3日前に山口さんが返事をくれたのは彼女なりの配慮だったと思う。

内容については今も考えるときはあるが、まったく興味がない一人の患者に向けての当たり障りのない文章だと思った。

いまは妻子のある身の私だが、この手紙は実家の押し入れにヒッソリ保管してある。

私にとってはこの出来事を思い出すたび、自分に対しての記念碑的なものを感じるからだ。

間違いなく病気になって1番目の挫折だった。

この時の自分の余裕のなさ、悔しさ、まだ病気に対して納得できていない自分がいた。

健康だったらこうはならなかっただろう、きっと病気のせいだと責任転嫁していた。

こんな人間、顔が良いとか悪いとか、関係なく魅力的な人間な訳がない。

そこがわかっていなかった。

山口さんとはその後、退院まで3日間連続で会うことになったが、私は彼女と目を合わせることが出来ずにヒッソリと寂しく退院することになった。

やっぱり病気の奴なんて誰も救ってくれないんだー

救ってくれないんだと考えがある時点で終ってる。

ここから私の女性に対しての意識は歪んだ方に傾いていき、しばらく迷走が続くことになる。

次回からは、病気になってから社会復帰するまでの事を書こうと思う。

【つづく】

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