第10話 入院初期

衝撃的な事実を知った私はこれから自分の病気に向き合っていくことになる。

まずは糖尿病を踏まえた退院と社会復帰に向けた調整が必要になった。

そのための調整は大きく分け、3つあったことは前話で書いた。

①3食毎に運動療法をして自分の血糖の動きを知る
②食事療法(食品交換表)で摂取カロリーが計算できるようにする
③自分で自己注射(インスリン注射)ができるまで訓練

これが出来ないと退院はおろか社会復帰も危うくなる。

私は早く退院したかった。

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3食毎の運動療法で自分の血糖の動きを知る

自分の血糖の動きを知るには測定器が必要だった。

糖尿病では基本中の基本、これが出来なくてはダメだった。

私のところに、測定器を持った看護婦さんがやって来た。

 

初めての血糖測定

看護婦さんが言った。

これから3食毎の食前、食後2時間後に血糖を計ってくださいね。

正常な人は血糖値が70~110位で推移するから大丈夫なんだけど、1型糖尿病の場合インスリンを打たないとどこまでも上がってしまうし長い時間、高血糖になっていると血糖管理が悪くなり合併症が出るのが早まるから注意してね。

食後2時間で血糖値が200以上に上がったらインスリンを打つか、運動をするようにしてね。

測定の仕方なんだけど、まず測定器にチップを入れ採血用の針をセット(穿刺器具と言うらしい)、針を指または耳に針を刺し、出た少しの血液をチップの採血口に吸わせるために針で刺します。できるかな?

え!針で刺すの?こんなことからも全て初体験である。

指にできないなら耳でも良いとのことだが、自分で測定するのに耳は自分では鏡を見ない限りやり難いので現実的ではない。当然のごとく指を選択した。

看護婦さんはやって見てというけど、針を自分で指に刺すなんて出来ない。

俺はビビりなのか?

看護婦さんは言った「針をセットして強さを選ぶダイヤルを回し、穿刺器具を指にあてボタンをパチンとやるだけだよー針は細いから全然痛くないよー」

ずいぶん簡単に言うな!わかっているけど・・・俺は初めてなんだよ!!

「じゃあ代わりにやってあげるね・・・パチン!痛くないでしょ」

確かに!ほとんど痛みは感じなかった。

これなら、自分でも出来そうだとわかった。一度やって見れば、痛くないので楽である。

血が指先から出た、あとは測定器のチップに血液を吸わせるだけである。

測定は今でこそ5秒から10秒で完了するが、その当時は1分程度かかった。

何にしろ、これで自分の血糖値がわからないと困ったことになるので受け入れなければいけない。

これを1日3食毎の食前、食後2時間後なので1日合計6回もこの作業をしなければいけないと思うと、俺ってやっぱり病気なんだなと悲しい気持ちが襲ってきた。

血糖自己測定でまずは第一関門突破である。

食事療法(食品交換表)で摂取カロリーが計算できるようにする

自分で血糖を測定できるようになったら今度は、運動によってどれだけ下がるかを知る必要がある。

1型糖尿病の場合、自分でインスリンを作ることは出来ないので、インスリンの自己注射が不可欠。インスリンを打たなければ血糖値はグングン上がるだけだし、インスリンを打てば血糖値は一方的に下がるだけ。

通常の健康な方なら、一方的に下がることはなく下がったら体の中で糖分を融通して血糖を上げる調整を自然にやっている。

インスリン自己注射を行っている患者にとって、血糖のダダ下がりは恐怖だ。

下がる兆候をキャッチできないとこれまた昏睡状態に陥り、脳に酸素が行き渡らなくなり最悪、脳にダメージを受けるか、もっと最悪は死に直結する。

下がった場合は体に血糖値を調節できる機能(上がったら下げる、下がったら上げる)がないため、外部から摂取することになる。

具体的に言えば一番確実なのはブドウ糖(砂糖では吸収が遅い)、もっと手軽なのはジュースとの事だった。

やっぱり健康な人って素晴らしい!!

こんな複雑な制御を自分の臓器が自然に調整してくれていたのだ。

食品交換表で自分の摂取カロリーをわかるようにする

2番目に学ぶことは、この血糖値の推移するメカニズムを座学から学ぶことだった。

これについては、医者からではなく栄養士による指導だった。

まず、栄養士さんから1日の摂取カロリーを決められ、食品交換表という冊子を貰い食べて良いもの、悪い物の判別をしなければならない。

食品交換表

1950年代に、アメリカ糖尿病協会はアメリカ合衆国公衆衛生局と共に、食品交換表を発表した。この食品交換表に従って、糖尿病の患者は栄養的に同じような価値を持つ食品(例えば炭水化物)を他のものと交換することができる。例えば、もしデザートで通常より多い量の炭水化物を食べたいのであれば、食事の最初の部分でじゃがいもの消費を減らすのである。

この食品交換表は、1976年、1986年、1995年に改訂されている。[7]

しかし、糖尿病の食事療法の全ての研究者がこの食品交換表を推奨しているわけではない。むしろ研究者の多くは典型的な健康ダイエットを推奨している。

出典:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』    糖尿病の食事療法

ザックリ言うと食品の主成分を分類するもので、食品には「炭水化物」「たんぱく質」「糖質」「ビタミン・ミネラル」に大きく分類されている。

詳しくは下表を参考して欲しい。

表No 分類(主成分) 主な食品(代表的な物)
表1 炭水化物

米、パン、うどん、ジャガイモ、豆類(大豆は除く)

表2 りんご、バナナ、イチゴなど
表3 タンパク質 肉、魚、タマゴ、卵、チーズ、大豆など
表4 牛乳、乳製品
表5 脂質 バターや脂肪分を含むもの
表6 ビタミン・ミネラル 野菜(炭水化物を含む野菜は含まない。例えばサツマイモは表1になる)

これを毎食決められた量を毎食、表1~6をまんべんなく採ることを栄養士には推奨される。

糖尿病にとって一番の大敵は炭水化物である。

私もそうだが、特に男性はほぼ共通して炭水化物が大好きである(そうでない人もいるが・・・)

そば屋に行って蕎麦だけ注文するよりも、蕎麦+かつ丼定食などご飯類を組み合わせて頼む方も多いと思う。実は、糖尿病にとってこれが最悪の組み合わせなのだ。

例えば先程の「蕎麦+かつ丼定食」の場合、蕎麦は表1、「かつ」の中身の豚肉はかろうじて表3だが表面の衣は表1、かつ丼の下に隠れている「ごはん」も表1と「蕎麦+かつ丼定食」は表1のオンパレードで全く良いことがない。

もちろん先程の「蕎麦+かつ丼定食」では表6のビタミン・ミネラルは採ることが出来ないので毎食毎に表1~6を摂取することの目的は達成できない。

でも、これはあくまで推奨であって義務ではない。

その当時の私は過敏に反応していた。

強制されているわけではないので、実際は好きなものを食べて良い。

医者も栄養士も良しとしないと思うが、自分の体だから自己責任でやればよいと思う。

食後2時間後は、また血糖測定だ。

3日もすればもう測定は当たり前のこととして受け入れられるようになった。

しかし、毎食3回、食後3回、入院当初は就寝前にも測定するので1日7回、血糖が高ければ追加で測定しどう下がったかを見なければいけないので1日10回は測定していた。

唯一の悩みは穿刺器具の針で刺された跡が指に残ることだ。

何年も針で刺していたら、指はボコボコになるんだろうなと思うと悲しい気持ちで、もう健康な状態に戻れないんだと考えると、またこの先がとても不安になった。

食べた後は運動をして血糖を下げる

栄養士の指導で自分が何を食べて良いのかは分かった。

病院の食事は20代の私にとっては質素なものであったが、見方を変えれば健康食そのものだった。

こんな知識もなく、ただ食べたいものを食べ暴飲暴食を繰り返していた自分を恥じた。

もっと自分を大事にしていれば、病気にならなかったかも・・・後悔してももう遅い。

栄養士からは病院で食事毎に今日のご飯とおかずは何だったかを記録するように指示を受けた。

そして、食後は30分~1時間徒歩をすることになった。3食毎食後である。

そのことの重要性は、後で知ることになるがその時にはわからず、ただひたすら歩いた。

自分で自己注射(インスリン注射)ができるまで訓練

血糖測定、運動療法とくれば、次はインスリン自己注射だった。

これが私の中で1番受け入れ難い出来事だったと思う。

自分で注射を打つなんて一大事だ。

何しろ痛そうだし、かっこ悪かった。

でもこれを受け入れないと行けないと思うと悲しくて仕方なかった。

1型糖尿病を受け入れるということ

1型糖尿病は、原因不明の事象により膵臓の中に存在するランゲルハンス島(インスリンを分泌する部分)が破壊されることによって発症する。

なぜランゲルハンス島が破壊されるのかは明らかになっていないが、ウイルスの侵入あるいは自己免疫が突如豹変して自分の細胞を攻撃することによってランゲルハンス島が破壊されるとインスリンが分泌されなくなり、1型糖尿病となってしまう。

私の場合は、糖尿病と診断される1週間前に高熱を出した。

これが単なる風邪だったのか、ウイルスが侵入したことによる高熱だったかはその当時も今もわからない。

でも明らかなのは、私の膵臓の中にあるランゲルハンス島が破壊され、インスリンが分泌されなくなったのは、変えようのない事実だった。

そしてもう一つの「変えようのない」事実はインスリン注射と一生付き合って行かなければならないという事実だ。

2型糖尿病(一般的には成人病)でも高齢により、インスリンの分泌が悪くなると足りない分を補完するという意味でインスリン注射を行う方もいると聞くが、70%しか出ないインスリンを30%を外部から賄うというのと、私のように全くインスリンが分泌されず100%外部から入れないと生きて行けないのでは大きな違いだ。

私はこのことを知ったとき、病気になる前に時間を戻して欲しいと思ったし、TVゲームならリセットボタンを押して最初からプレイをしたいと本当に思ったものだ。

それだけ受け入れ難い事だった。

でも受け入れて前進して生きていかなくてはならないのだ。

後退などしている暇はない。

まずはインスリンについて学ぶ

私が糖尿病を発症した当時(1996年)は、まだ超速攻型のインスリンはなかった。

半日ゆっくり効いていき、半日ほど効果が持続しベースとなる混合型インスリンを朝と晩に打ち、毎食ごと食後の血糖の上昇を叩いて抑える即効型インスリンを組み合わせるのが一般的だった。

そのため最低でも1日に混合型2回、食事ごとに即効型を3回、合計5回打たなければならない。

もちろんこの他に食後2時間後の血糖測定時に血糖が200を超えていたら、追加で即効型を都度打たなければならない。

そのたびに痛い思いをすると思うと本当に嫌になった。

そして実際に注射を打つ段階になった。

今までは、生理食塩水で点滴をして無理やり血糖を下げていたが、これからはこのインスリン注射で血糖を下げて行かなければいけない。

看護婦さんがインスリンと注射器を持ってきた。

運命の瞬間だ!

看護婦さんが言った「じゃあ説明するね。これから自分で注射を打つ練習をするんだけどインスリンのカートリッジを注射器にセットする、インスリンをセットしたら注射針をセットする。注射針は使うごとに捨てる使い捨てだからね。セットしたら注射器についているダイヤルを回して打つ単位を決める。混合型は毎回20単位、即効型も20単位から始めようね」と言われるがままに看護婦さんの持っているサンプルの注射器を参考にインスリンのカートリッジをセットし、注射針をセットした。

次に「注射針をセットしたら、一回空打ちをしてから20単位のメモリまでダイヤルを回して注射を打つ毎回決まった量がちゃんと注射されるから。インスリン注射は皮下から吸収されるように出来ていて打つ場所はお腹、腕、太ももに打てるけど何処がいい?」そんなこと言われたって決められません!!

てっきり予防接種のように腕に打つのか、静脈注射のようにゴムで縛って血管にブスっと行くのかとばかり想像していた。

そういう話を聞いて少し安心したし、針も小さいもので少し恐怖が和らいだ。

何処に打つかは私も決められないので「何処が一般的には痛くないんですか?」と聞いた。

看護婦さんは「一般的に痛くないのは脂肪も多いお腹、小児糖尿病の子供でも自分でしてるんだよ!痛くないから頑張って!!」と言われてもだ(-_-メ)なかなか踏ん切りがつかない。

そして、お腹に注射器を近づけると「垂直に注射針をブスっとお腹に刺したら、注射器の上のボタンをグイッて押し込んで一瞬で終わるから」と看護婦さんが言った。

もう躊躇なんかしていられない。覚悟を決め、ブスっと針をお腹に刺した。

刺した瞬間「痛くない!」もちろん痛みは無いわけではないが、刺さった瞬間チクっとしただけで、つねられるよりも全然痛くなくて逆にびっくりした。

こんなんもんなんだぁー

私の人生初の自己注射は一瞬で終わった。

しかしこれを何歳まで生きるのかわからないけど、死ぬまで打ち続けなければいけない事を考えると愕然とした。

本当に合併症もなくこんな小っぽけな注射器1本に命を預け、一生を終えられるのだろうか?

そう考えると気が重くなり、得も言われぬ恐怖に襲われた。

インスリンは打つだけでは・・・

インスリン注射を打っても、その当時(1996年)のインスリンでは打つだけでは簡単に血糖値が下がっていく代物ではなかった。

一緒に運動をしなくては血糖は下がってくれないので、毎食毎に食事をしたら歩くことになった。

歩くのもどのくらい歩いたらどれだけ下がるのかわからないので歩いた距離、低血糖を起こしたらデータを取り、何度低血糖になったかを記録し、医師に相談する。

症状
低血糖症の症状には交感神経症状と中枢神経症状の2種類が知られている。交感神経症状は低血糖時に分泌されるカテコールアミン等による症状で、発汗、動悸、手の震えなどの症状である。中枢神経症状はブドウ糖欠乏による中枢神経のエネルギー不足を反映した症状である。血糖値が50mg/dl以下になると頭痛、眠気、脱力、集中力低下などの症状が出現する。血糖値が30mg/dl以下になると痙攣、昏睡になり、対応が遅れると意識が戻らないこともある。交感神経刺激症状が出現する血糖閾値は中枢神経症状の閾値に比べて高いため、中枢神経症状症状出現前に交感神経刺激症状を認めるのが一般的である。しかし高齢者や自律神経障害のある患者、低血糖を繰り返している場合や乳幼児では交感神経症状が出ないでいきなり昏睡に至ることがある。これを無自覚低血糖という。また糖尿病治療薬のひとつであるSU薬は作用時間が長く、低血糖を起こしやすいので注意が必要である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』  低血糖症

この低血糖は本当に辛い。今でも嫌いだ。

健康な人は糖分が足らなければ、脂肪を糖分に変換し自然に体が血糖値を適正値に戻すよう、勝手に調整してくれているので低血糖を起こすことは無いのだが、インスリン自己注射の場合、血糖値は上がることはなく一方的に下がるだけ、なのでどこまで下がるか恐怖でしかない。

高齢者の場合、感度が鈍くなって気づかない人もいるようだが、私の場合はまだ20代と若かったため、感度は良好だったというか良すぎたかもしれない。(私の場合は血糖値85以下で気付く)

一度低血糖が起こると、まず冷汗が出て、もう少しすると指先が震えてくる。

そして、頭痛がしたり、お腹が空いてもいないのにグーと鳴ったり、お尻の穴が緩くなり(おならが出る)また掻き乱すほど甘いものが食べたくなる。

低血糖でおならが出ることについて医学的根拠は調べたことも聞いたこともないのだが、私の推測では低血糖中は脳に糖分が行き渡らなくなり、普段は脳の指令でお尻の穴もキュっとしまっているのに低血糖下では、脳の指令が行き渡らなくなり、お尻の締まりまでが解除されてしまうからおならがブブーっと出てしまうのではないかと思っている。

通常はその段階で、ブドウ糖を摂取するのだが実際に血糖が上昇するまでタイムラグがあり、その間震えが厳しくて脳が糖分を求め超不快な状態になる。そうすると更に追加でブドウ糖を摂取してしまい結果的に85だった血糖が、落ち着いたころに再び血糖値を計測すると今度は急上昇し200を超えていたなんてことが多々あった。

実は私の入院生活の大半はこの「低血糖」との折り合いをどこでつけるかのチューニングだった。

低血糖を多く起こせば、即効型のインスリンの単位を減らし、また様子を見るという繰り返しを何度も行い医師も大丈夫だと確信が持てれば退院となるのだ。

要は1型糖尿病は治療などは大してなく、インスリンを自己注射することで社会復帰をするための訓練の場であり、外科でいうリハビリと全く一緒の行為だ。

こうして入院生活の初期は低血糖との戦いとなった。

【つづく】

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